2022年11月 2日 (水)

「楷(かいじゅ)の会」会報第12号

会 報 第 12号
令和4年11月2日


横井時敬 (よこいときよし)


 明治の初めから多数の農業技術に関する農書(研究論文)が出版されてきました。
その多くは埋没したり記憶から消え去っています。
ほんの僅かなものはその時代の特質を表現し、それぞれの時代の日本の農業の形成に大きな影響を及ぼしたものがあります。
東畑精一博士はそのような農業技術に関するものとして、第一に「横井時敬の種籾塩水選法」を挙げています。
横井時敬について、東畑博士は以下のように記していますので、概略を紹介します。

 「稲のことは稲に聞け。農業のことは農民に聞け。」という有名な言葉を遺した横井時敬(1860~1927年)は熊本県の藩士の生まれで、幼年時、熊本洋学校でアメリカ人ジェーンズ(L.L.Janes)の教えを受け、早くから西洋の学問に目を開くことができていました。
駒場農学校(東京帝国大学農学部の前身)が1878年に設立されると同時に入学、1880年に卒業しました。
1882年に福岡県立農学校の教諭になり、後に校長になりました。
そこが機構改革で勧業試験場となったので場長になりました。
塩水選法はこの間の仕事でありました。

 米作技術に関しては労農(篤農家)が活躍していて、その中で林遠里(はやしえんり)は「勧農社」なる私塾を設け、米作について有名な寒水浸法(種籾を寒水に浸す)(明治3年)、土囲法(種籾を土中に蓄える)(明治5年)を発明し、その普及を図っていました。
これは林遠里の経験とか実践をそのままほかにも広めていこうとするもので、いわば経験農法でありました。

 駒場農学校で西洋人教師から研究合理主義を教えられてきた横井時敬は、経験をそのまま普遍化することができず、科学的に実証された合理農法を提示しなければ気がすみませんでした。
彼は、林遠里の両方式、殊に寒水浸法について実験を繰り返しましたが合理的科学的に実証できる成績を得ることができないことを知りました。
そして彼自らは良い種籾を選び出すことこそ、米作改良、稲作増収の途であるとし、その方法が塩水選法であるとしました。比重1.13の塩水に種籾を投じて、その沈んだ重いもののみを種籾とするのでありました。
簡単な技術と言ってしまえばまさにその通りでありますが、これこそ米作について何百年の伝統と経験とを破った明治初期の技術革新の最たるものでありました。
すでにあるものの中から良い籾を選び出すのであって良い籾を創るというのではなかったのでありました。

 横井時敬はその後まもなく農商務省の技師となって福岡を離れました(1889年)。
しかし役人嫌いの彼は在官1年余りで退いて『産業時論』を主宰して健筆を振るうことになりました。
1899年に東京帝国大学教授に、1910年には東京農業大学の初代学長にもなりました。
福岡では横井時敬が去ったあと、その功績を称えて福岡県立農学校の校庭に塩水撰碑を建てました(1910年)。
この碑は後に、福岡市郊外の県立農事試験場に移されています。


農業塾第10期から11期へ


 令和4年8月6日(土)、農業塾(第10期)の修了式を、中川電化産業(株)の計らいにより、東畑精一博士の生家の一室をお借りし行いました。
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修了式の記念講演には中川電化産業(株)社長の河中英祐様に講師をお願いしました。
河中先生は、東畑精一博士や生家のこと、中川電化産業(株)の概要など、丁寧かつ分かりやすく説明していただきました。
また、大きな生家の各部屋もご案内していただきました。

 その後、記念研修として、銘木・巨木として有名な飯南高校のハナノキ、水屋神社の大クスを見学し、飯高町にある(茶王)大谷嘉兵衛翁資料館に行きました。
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大谷嘉兵衛翁資料館では、大谷嘉兵衛顕彰会事務局長の小林典子様から、大谷嘉兵衛の功績や偉業、地元への貢献等をわかりやすく丁寧なご説明を受けました。
さらに、大谷嘉兵衛の生家跡、記念碑(銅像)、長楽寺(果柄の檀那寺)、墓などもご案内していただきました。


松阪市後援・農業塾 第11期


9月8日(土)からは農業塾(松阪市後援)11期(令和4年度受講者10名)が始まりました。
開講式に引き続いて第1回講座も中川電化産業(株)のご厚意により東畑博士の生家で行うことができました。
受講者の皆様の期待に応えられる農業塾を目標に、農業塾活動に励んでいきたいです。天候にも恵まれた中で、第11期の開講を記念して「楷の木」を囲んで記念撮影しました。
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2022年8月 2日 (火)

「楷(かいじゅ)の会」会報第11号

会報 第 11号
令和4年8月2日


東畑精一博士と彼の師「シュムペーター」について (その2)


 東畑博士のドイツ留学は昭和3年のことでした。「経済学を身につける」ためにボン大学のシュムペーター教授を訪ねましたが、シュムペーター教授はハーバード大学に行っていてボン大学にはいませんでした。しかし、幸運にも1年前から留学に来ていた中山伊知郎博士(一橋大学名誉教授)がいて、東畑博士は彼に「経済学の初歩から学ぶ」ことができたのでした。翌春、中山博士は日本に帰りましたが、代わりにシュムペーター教授が戻ってきて、講義やゼミナールを受けることができました。

 シュムペーター教授の講義は特有なもので、上着もなしに無造作に壇上に上がり立つが早いかすぐ講義を始めるのである。毎回理路整然とした内容の打ち切りのもので、いつも四つ折りの紙片を手に持っての講義であった。演習の時も講義と同じで教授の独壇場で、学生は何も発言できなかった。学問のことでは教授は非常に厳格であり、「一介の学生としてはたいへん近寄りがたく感じた。」と言っていた。しかし、シュムペーター教授は教室以外では話題が豊かで話術が達者な人の好い人物であったということです。こうして1年が過ぎたころには、博士は「経済学が何であるかが少しわかってきた」のでありました。昭和4年の秋に帰国することになり、その際、教授は東畑博士に「できる限り、自分の勉強、精神の状況を通知してよこすように」言われていたので、博士は日本に帰ってきてもシュムペーター教授と交渉を持っていました。

 シュムペーター教授との深い師弟関係を示すように、東畑博士は、教授に関わった邦訳本を多く出しています。「経済発展の理論」(1937年)、「経済学史」(1950年)、「十大経済学者」(1952年)、「経済分析の歴史」(1955年~1962年)などがありますが、特に、イノベーション(技術革新)や企業家機能による社会形態の変化を著した「資本主義・社会主義・民主主義」(1951年~1952年)は経済分野でたいへん好評を博した本で、盟友中山伊知郎博士と共訳で発表し、日本でも特に成功を収めた本になりました。

 この書は、シュムペーター教授が現代社会に内在する経済学的所要問題に対して、彼なりの分析と解答を与えたもので、「二十世紀の経済学に値するもの」でありました。教授としてはできるだけ読みやすくを意図し、資本主義の社会的経済的変化を明らかにしようとするものでした。教授の40年間の研究の総括でありました。ドイツでは1942年に第1版、1947年に第2版、1950年に少し改定された第3版が出版されていました。


第8回 松阪の偉人たち展


 第8回松阪の偉人たち展が令和4年7月6日~10日までの5日間、松阪市文化財センターで開催されました。今年は8回目になり、今年の対象諸氏は蒲生氏郷、三井高利、竹川竹齊、松浦武四郎、本居宣長、大谷嘉兵衛、東畑精一、原田二郎の8人で、彼らの展示とその遺徳が顕彰されました。私たちの東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」は例年のごとく東畑精一博士の展示を担当しました。

 展示した内容は、「東畑精一博士の略年譜」、「東畑精一博士の家系図」を中心として、彼の活躍や活動の記録を、生い立ち、学校時代、学者としての成果、三重県とのかかわり等に分けて掲示し、それを補完する形で写真や著書、関連書籍を置き、さらに彼の交友関係に関する諸物(掛け軸や置物、賞状など)でした。

 梅雨が明け、蒸し暑い日、雷雨の影響での土砂降りの雨の日、晴天で高温の日などで、展示会としてはあまり天候に恵まれませんでしたが、5日間を通じて400余名もの多くの人たちが見学に来ていただきました。


松阪市後援・農業塾 第11期生の募集


東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」では、松阪市後援の令和4年度農業塾の受講生を募集します。
8月20日締切りですが、定員になり次第募集を終了します。

〇実施場所・時間  松阪農業公園ベルファーム内 実践農場
          毎月第2土曜日 午前9時~12時

〇実施内容  毎月テーマの下で座学(講義)と実習を行います。

〇講師  「楷(かいじゅ)の会」会長 森川茂幸(農学博士)
     「楷(かいじゅ)の会」副会長 藤田育美 

〇受講料  5,000円(1年間)

・募集の詳細、申込書は下記ホームページをご覧ください。

http://itpoweron.cocolog-nifty.com/npo/

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2022年7月16日 (土)

子ども農業塾生を募集します

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松阪農業公園ベルファームで子ども農業塾を開催します。
対象年齢は、未就学児~小学生です。
農業や生き物、理科に興味がある子どもたちを募集します!

●期間: 令和4年9月~令和5年3月
     (毎月第1土曜日13時30分~14時30分)

●場所: 松阪農業公園ベルファーム内の学びの農場

●学習内容: 農業や生き物、理科のお話 (30分)
            農業の実習、観察 (30分)

●講師: ・森川茂幸(農業の先生)
       ・藤田育美(生き物の先生)

●受講料: 1,000円 (令和4年9月~令和5年3月)
       ・別途実費が必要な場合があります。

●募集人員:未就学児(おおむね5歳以上)~小学生
      10名(先着順)
  (未就学児、小学校低・中学年の児童は保護者同伴必須)
  ・松阪市子ども会連合会にご加入の有無をお知らせください。

●申込先:子ども農業塾事務局
     (東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」)

       メール:itpoweron@gmail.com

(入塾申込書の必要事項をご記載のうえ、送信をお願いします。)

電話:090-4445-3311(森川)
      090-3686-7535(藤田)

●詳細・申込書ダウンロード

ダウンロード - junior20agricultural20school201.pdf

ダウンロード - junior20agricultural20school2010.pdf

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2022年7月10日 (日)

松阪市後援・農業塾第11期生を募集します

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松阪市後援の農業塾第11期生を一般募集しますので、ご案内申し上げます。
一般募集は若干名となりますので、定員が満席となった場合は、その時点で募集を締め切らせていただきます。
また、受講決定は8月以降となりますので、決定後、入校式などのご案内を送付いたします。

募集要項、申込書は、下記のURLリンクよりダウンロードしてください。

多数のご応募をお待ちしております。

第11期生から運営事務局がNPO法人三重スローライフ協会から東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」に変更となっております。
NPO法人三重スローライフ協会から役職員はそのまま移籍しておりますので、特に職員の変更などはありません。

東畑精一顕彰会とは、農業経済学の学問体系を確立した東畑精一博士の功績を顕彰しつつ、東畑精一博士の農業理念をもとに農業塾を開校し県民の農業理解を深めることを目的としています。

大変申し訳ございませんが、本農業塾は、農業者研修であり、指導者研修ではございません。
農業の指導者的立場にある方を受講対象としておりませんので、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。


●お問い合わせは、

 東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」事務局まで、お電話でお願いします。

  TEL 080-3686-7535(副会長:藤田) 


※申込書は、運営事務局への郵送でも受け付けております。

↓申込書ダウンロード
ダウンロード - npo20agricultural20school2011.pdf

多数のご応募をお待ちしております。

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2022年6月19日 (日)

第8回 松阪の偉人たち展

 松阪偉人顕彰団体協議会主催の第8回「松阪の偉人たち展」が松阪市文化財センターにおいて、令和4年7月6日(水)~7月10日(日)に開催されます。
8名の偉人のみなさんがそれぞれの顕彰団体によって顕彰活動が行われます。
東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」では、東畑精一博士の顕彰展示を行います。
ぜひ郷土の偉人たちの活躍をご覧ください。

日時:令和4年7月6日(水)~7月10日(日)9時30分~16時30分
   ※10日(日)のみ15時まで
場所:松阪市文化財センター(松阪市外五曲町1番地)

↓(参考)松阪市観光協会ホームページ
第8回 松阪の偉人たち展 令和4年7月6日(水)~7月10日(日) - 松阪市観光協会 (matsusaka-kanko.com)

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2022年5月 2日 (月)

「楷(かいじゅ)の会」会報第10号

会  報 第 10 号
令和4年5月2日


東畑精一博士と楷(カイノキ)


 東畑博士は「庭には珍木中の珍木である楷(カイノキ)がある(博士は楷を「かいじゅ」と称していました。(日本経済新聞』(昭和32年3月25日))と紹介していました。

 楷(カイノキ)はウルシ科で、和名をランシンボクといいます。古くは「淮南子」という古書に出ていて、幹や枝はまっすぐに伸びて曲がらないと書かれ、当時から珍しい木でありました。このような楷(カイノキ)は孔子と縁が深く、楷書のような風貌を呈していることから「学問の聖木」とされています。この木の繁殖はたいへん難しく、挿し木や取り木では発根せず、実生でもわずかな確率で発芽するにすぎません。用途は意外に広く、新芽や若葉は菜のように食べることができ、茶のように飲めるということです。種子から油がとれ、材は硬くて、杖、笏、碁盤などに利用できるようです。

 日本では、明治から大正ごろ、林学の大家であった白沢保美博士(1868年~1947年)が中国の泰山にある孔子廟から楷(カイノキ)の実を持ち帰って、林業試験場で苦心惨憺して数本の芽を出させた。その貴重な苗を、孔子に縁の深いところ(湯島聖堂、金沢文庫、佐賀県佐久市の孔子廟など)に配ったのが、日本での楷(カイノキ)の始まりでありました。

 東畑博士家にある楷(かいじゅ:カイノキ)は、戦前東大の園芸学教授浅見与七博士(1894年~1976年)が中国の曲阜にある孔子廟前にある楷(カイノキ)の大木を見、あたりに落ちていた実を数個ばかり持ち帰り大学で発芽を試みたものでありました。東畑博士は発芽した5~6㎝くらいの苗鉢をもらってきて、自宅の庭の日当たりのよい風が防げるところに植えました。順調に育って夏には庭の緑陰を作るまでになりました。

 東畑博士は「わが名はすぐに消えていく。しかし楷(かいじゅ)は今から数百年経っても大きく残り、曲阜の親木くらいにはなるかもしれない。」と言っていました。浅見博士が発芽させた苗の中では、残ったのは東畑博士家のものだけだったらしい。


「2」の価値観


「楷(かいじゅ)の会」の命名者によると、東畑精一博士を深く考察する中で、見出されたものに「2」があり、「2」は数字とも文字ともとれますが、単なる数字・文字ではなく、東畑精一博士の価値観であると命名者は捉えています。
この価値観ともいえる「2」は、東畑精一顕彰会の命名やその後の会の運営にも深くつながっています。

 命名者の深い考察の中で、会の名称は木の名前とするということを見い出し、「2」の木であるものが楷(かいじゅ)であることを解読するのは命名者にとって困難なことでした。

 その木は葉が2(対生状)であり、樹皮が2を描き、2期性(常緑期、落葉期)であることを考察で得て、ネムノキは樹皮が異なり、クスノキは常緑で異なるなど、一致するものを探す中で、楷という木が博士の生活の中にあったことがわかり、命名にいたりました。

 また、「2」を基調とした会の運営が会の発展につながるものと考えています。


楷(カイノキ)の記念植樹


 東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」は2020年2月に発足しました。名称に使っている楷(カイノキ)を関係場所に植樹しよう思っていましたが、楷はたいへんな珍木で、繁殖がたいへん難しい樹木で、なかなか手に入れることはできませんでした。

 しかし、全国各地の知人たちに入手を依頼していた結果、1月に九州の方で栽培されていた楷(カイノキ)の幼木をうまく入手することができました。

 2月は東畑博士の誕生月(2月2日生まれ)でもあり、今月は2という数字(2022年2月)が並んでいると同時に、顕彰会「楷(かいじゅ)の会」(2020年2月に発足)の2周年に当たります。そのことから八方手を尽くして入手した楷(カイノキ)を東畑博士の関係場所に記念植樹をすることにしました。

 まず、2月2日(水)(午後2時)に東畑博士の生家の前庭に、東畑博士の誕生(123年前の2月2日)と「楷(かいじゅ)の会」の2周年を記念して楷(樹高1.2m、1本)を植樹しました。植樹に当たっては現在所有されている中川電化産業(株)の社長はじめ関係者に植樹していただきました。植樹の穴を掘り、木を植えたのち、施肥やかん水を行い、支柱を建て、煉瓦で株の回りを囲みました。記念植樹の看板は後日中川電化産業(株)に作成していただきました。

 次に、東畑記念館の庭園には2月2日に「楷(カイノキ)」を仮植し、3月1日(火)に株式会社東畑建築事務所の所員(辰巳様、赤松様(お二人は「楷(かいじゅ)の会」会員です。)により本植えすることができました。当日は雨降りでしたが、植樹の周りに盛り土をして、肥料を少し施しました。

 さらに、農業塾の2月講座(2月12日)でサトイモや畝作り実習を学習した後、「農業塾」開講10周年の記念行事として「楷(カイノキ)」を植樹しました。コロナ感染者の高止まりで欠席者が多い中、学習意欲の高い参加者を中心に実習農場に植樹しました。2月という時期は植樹や植え替えに最適な時期でもあり、春になると勢いよく新芽を出してくれると思いました。


第1回総会の開催


「楷(かいじゅ)の会」が発足して2周年になりました。この会をさらに深化発展し永続性を図るため、総会(4月2日)を開催し、会員の皆様の当会へのご理解とご協力をお願いすることになりました。
 コロナ禍の中での一堂に会しての開催は好ましいとは言えないので、書面決議という方法で開催したところ、会員全員の賛成をいただき、4月2日から新しい規約のもと活動することになりました。今後ともよろしくお願いします。


 

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2022年4月23日 (土)

緑のカーテン育て方教室

「緑のカーテン」とは、夏の高温時に建物をツル性の一年生植物で覆い、直射日光を遮断し、日陰を作り涼しくすることで、消費電力の削減につなげようとするものです。
自然の力で、エアコンのいらない省エネな暮らしに変えていきましょう。


楷(かいじゅ)の会では、松阪市環境課からの委託を受け、当会の森川会長が講師となり、「緑のカーテンの育て方教室」を午前、午後の2回開催しました。

第1回
●日時: 令和4年4月23日(土)11:00~
●場所: 松阪農業公園ベルファーム 温室教室
●対象者: 松阪市公募による松阪市民 10名

第2回
●日時: 令和4年4月23日(土)13:15~
●場所: 松阪農業公園ベルファーム 温室教室
●対象者: 松阪市公募による松阪市民 10名

授業冒頭で、東畑精一博士の顕彰会である「楷(かいじゅ)の会」の説明を行いました。
東畑精一博士の顕彰団体であるとともに、主に地域の農業学習を担うボランティア団体として活動しています。

栽培の講義のあと、実習を行い、ニガウリの苗をプランターに植えて各家庭にお持ち帰りいただきました。

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当日は、夕刊三重新聞社様の取材がありました。

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2022年3月 1日 (火)

東畑記念館へ植樹を行いました

2022年3月1日、あいにくの雨の中、東畑記念館において東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」のシンボルツリーである学問の木の「楷の木」の植樹を行いました。
すでに東畑生家、松阪農業公園ベルファーム内の学習農場にも植樹を行っており、東畑記念館は最後の植樹となりました。
当日は、株式会社東畑建築事務所さまより役員お二人がお見えになり、全国植樹祭にならい、お手植えを行っていただきました。
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大雨の中、本当にありがとうございました。
これからの楷の木の成長を見守りながら、本日の植樹については将来にわたり消えることのない形で残すこととします。

東畑記念館は、東畑精一博士が三重県に寄贈した建物であることがよく言われていますが、この建物が精一博士の弟で東畑建築事務所の創業者でもあり、日本を代表する建築設計家の東畑謙三先生の設計であることはあまり表に語られていません。

株式会社東畑建築事務所さまは創業者の謙三先生が設計された東畑記念館は後世に残すべき貴重な建築物であるとし、企業としてこの価値を将来に残したいと社会貢献を申し出ておられます。
この企業姿勢は、多くの企業で簡単にできるようなことではなく、東畑建築事務所さまの企業姿勢に改めて敬意を表したいと思います。

我々楷(かいじゅ)の会は、今までお金にならない農業に関わるさまざまな社会貢献活動(ボランティア活動)を積み上げてきました。
その中で、お金で評価できない価値(=姿勢)が、お金に勝る価値であることを知りました。
我々楷(かいじゅ)の会も、何ができるのかを考え、引き続き努力していきたいと思います。

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2022年2月12日 (土)

NPO農業塾・実習農場へ植樹を行いました

 2022年2月12日の農業塾開校日にNPO農業塾の開校10周年記念として、東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」のシンボルツリーとなっている「学問の木」の楷の木の植樹を行いました。
すでに東畑生家、東畑記念館(仮植)にも植樹を行いましたが、農業を学ぶNPO農業塾の実習農場(松阪農業公園内)にも植樹を計画しました。
 きょうの開校日はコロナの影響で残念ながら受講生は少なかったですが、3名の受講生の方が植樹の代表者となっていただきました。
NPO農業塾は松阪農業公園ベルファームを拠点に2012年9月、第1期を開校し、今年は第10期を迎え、開校から10年が経過いたしました。
この10年間は農業を中心に農村文化や農産加工、林業も含めたさまざまな学習活動を展開してきましたが、今後も受講生の皆さまとともに農業の学びの場として地域のニーズに応えられる農業塾の運営に努力をしていきたいと考えています。

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2022年2月 4日 (金)

楷の木の植樹が新聞報道されました

2022年2月2日、東畑生家において行った楷の木の植樹は、夕刊三重新聞社様の取材のもと行われ、2月4日付けで同社により新聞報道されました。
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