東畑精一博士 略年譜

年 月 年齢 で き ご と
1899(明治32)年2月 2月2日、三重県一志郡豊地村井之上28番地、三番屋敷に父吉之助、母芳子の長男(第二子)として生まれる
1901(明治34)年2月 2 2月5日、弟(次男)、敬二、誕生。文学博士。國學院大学教授。日本の哲学者。
1902(明治35)年4月 3 4月11日、弟(三男)、謙三、誕生。東畑建築事務所の創業者。日本を代表する建築家。紺綬褒章受章。
1904(明治37)年6月 5 妹(次女)、喜美子、誕生。
1908(明治41)年4月 9 11月6日、弟(四男)、四郎、誕生。食糧庁長官、農林事務次官など歴任。勲一等瑞宝章受章。
1911(明治44)年3月 12 三重県一志郡豊地村尋常小学校卒業
1916(大正 5)年3月 17 三重県立第一中学校卒業
1919(大正 8)年7月 20 第八高等学校二部丙類を卒業
1922(大正11)年4月 23 東京帝国大学農学部第二部を卒業
1923(大正12)年10月 24 東京帝国大学農学部助手に就任
1924(大正13)年3月 25 伊坂みねと結婚
同年4月   法政大学講師
同年8月   東京帝国大学助教授に就任
1925(大正14)年1月 26 長女誕生
1926(大正15)年8月 27 農業経済学研究のためアメリカ合衆国へ留学(ウィスコンシン大学、農務省、ノースウエスタン大学)、その後ドイツ(ボン大学)へ留学
1930(昭和 5)年3月 31 海外留学より帰国
1931(昭和 6)年3月 32 次女誕生
同年5月   東京帝国大学農学部、農政学経済学第二講座担任
同年10月   昭和6年度京都帝国大学農学部講師に就任
1933(昭和 8)年7月 34 長男誕生
同年11月   東京帝国大学教授に就任
1937(昭和12)年6月 38 企画庁(のち企画院)委員
同年8月   農学博士の学位を受ける
同年8月   農業災害保険及共済制度調査会臨時委員
1938(昭和13)年1月 39 日本学術振興会、学術部第12常置委員
同年9月   東京商科大学講師、農業政策授業担当
1939(昭和14)年1月 40 農林計画委員会臨時委員、産業組合中央金庫評議員
同年3月   中央物価委員会委員
同年6月   東京帝国大学農学部、農業第一講座兼担
同年10月   経済学部兼任、殖民政策講座を分担
同年11月   日本学術振興会、第11特別委員会委員
1940(昭和15)年4月 41 物価対策審議会幹事並びに価格形成中央委員会委員
1941(昭和16)年3月 42 東京帝国大学農学部、農業経済学科主任を担当、及び法学部、経済政策授業担任
同年5月   東京帝国大学農学部、農政学経済学第一講座担当
同年10月   農林保険審査会委員
1942(昭和17)年7月 43 日本学術振興会、学術部第23小委員会委員、東京帝国大学南方科学研究資源研究員
同年10月   食糧管理委員会委員
1943(昭和18)年10月 44 三女誕生
1944(昭和19)年2月 45 日本諸学振興委員会、経済専門委員
同年3月   東京帝国大学東洋文化研究所、研究連絡委員会委員
1945(昭和20)年10月 46 農地審議会委員
1946(昭和21)年2月 47 インフレーション対策研究委員会委員及び食糧対策審議会委員
同年11月   農林事務官兼任、農林省農業総合研究所所長に就任
1947(昭和22)年6月 48 農業復興会議議長に就任、財団法人家の光協会理事
同年10月   経済安定本部顧問
1948(昭和23)年5月 49 農民教育協会会長
同年9月   国有鉄道審議会委員、金融経済研究所評議員
同年10月   農林統計協会理事
1949(昭和24)年6月 50 経済復興計画審議会委員
同年9月   米価審議会会長
1950(昭和25)年4月 51 アメリカ合衆国へ出張、同年8月帰国
同年11月   経済復興審議会委員
1951(昭和26)年2月 52 大学設置審議会臨時委員
1952(昭和27)年5月 53 学術奨励審議会、学術用語分科審議会専門委員
同年6月   中央農業会議顧問
同年8月   全国農林統計協会協議会会長
同年9月   統計審議会委員
1953(昭和28)年4月 54 東京大学(農学部)教授に配置換え
同年5月   東京大学大学院社会科学研究科委員会委員、同農業経済学課程担当
同年12月   中央酒類審議会委員に併任
1954(昭和29)年4月 55 フィリピン共和国との賠償会議全権委員
同年8月   日本ユネスコ国内委員会委員
同年10月   国際米穀委員会第四十四会議日本政府代表代理、全国農業会議所理事
1955(昭和30)年4月 56 経済審議会委員
同年8月   失業対策委員会委員
同年9月   アメリカ合衆国へ出張、同年10月帰国
1956(昭和31)年6月 57 農林省農業総合研究所所長併任を解除、農林水産技術会議会長に併任
同年8月   関税率審議会委員
同年10月   文化功労者選考審査会委員
1957(昭和32)年10月 58 国際連合食糧農業機構第9回総会日本政府代表としてローマへ出張、同年12月帰国
同年11月   農林省農業総合研究所参与
1958(昭和33)年1月 59 金融経済研究所理事
同年8月   地方制度調査会委員
同年9月   国際米穀委員会第6会議日本政府代表及びFAO第4回アジア極東地域会議日本政府代表
同年10月   外務省顧問併任、移動大使として中近東及び東亜諸地域へ出張、同年12月帰国
1959(昭和34)年3月 60 東京大学教授を定年退職
同年4月   東京農業大学教授
同年5月   税制調査会委員
同年5月   東京大学名誉教授の称号を授けられる
同年6月   アジア経済研究所所長
同年7月   農林漁業基本問題調査会会長
同年9月   雇用審議会委員
同年12月   行政審議会委員
同年12月   海外移住審議会委員
1961(昭和36)年6月 62 国民生活向上対策審議会委員
同年7月   農政審議会会長
同年8月   対外経済協力審議会委員
同年11月   池田首相アジア訪問の首席随員としてパキスタン、インド、ビルマ、タイ4か国に出張
1962(昭和37)年6月 63 外務省参与
同年7月   全国農村青少年教育振興会会長
同年10月   統計審議会会長
1963(昭和38)年12月 64 日本経済研究センター理事
1964(昭和39)年2月 65 日本学士院会員(第一部)
1965(昭和40)年8月 66 中央社会保険医療協議会会長、税制調査会会長
1967(昭和42)年4月 68 農林統計協会会長
同年8月   日本経済調査協議会調査委員会会長
同年12月   日本経済研究奨励財団理事長
1968(昭和43)年2月 69 アジア調査会会長
同年4月   アジア経済研究所会長
同年8月   マグサイサイ賞(フィリピン)受賞、外資審議会委員
1969(昭和44)年5月 70 勲一等瑞宝章受章
1970(昭和45)年8月 71 日本開発銀行参与
同年9月   国際化に対応した農業問題懇談会座長
同年11月   文化功労者の称号を授けられる
1971(昭和46)年5月 72 農村開発企画委員会会長
1972(昭和47)年1月 73 アジア経済研究所顧問
同年4月   行政監理委員会委員
1974(昭和49)年4月 75 政策科学研究所理事長
同年7月   総合研究開発機構研究評議会議長
同年10月   財政研究所会長
1975(昭和50)年4月 76 勲一等旭日大綬章受章
同年10月   全国農業会議所常任顧問
1980(昭和55)年4月 81 統計研究会参与
同年7月   日本経済調査協議会代表理事
同年11月   文化勲章受章
1981(昭和56)年11月 82 日本経済研究所理事
1983(昭和58)年5月 84 5月6日午前5時、心不全のため東京都中野区の自宅において死去、84歳。従二位に叙せられる、厚徳院中道精一居士、墓所は鎌倉市の東慶寺
     
2020(令和 2)年2月   2月2日、東畑精一顕彰会「楷(かいじゅ)の会」が設立される
     
2032(令和14)年5月   50回忌
     
2082(令和64)年5月   100回忌