「楷(かいじゅ)の会」会報第14号

会報 第 14 号
令和5年5月2日


明治の農村問題と柳田国男


 二十世紀(明治34年)になると、日本の農業、特に米作をめぐって大きな事情の変化が起こり始めた。明治の初め以来、米には余剰があった。米は生糸や茶とともに輸出の主役を演じていた。ところが人口の都市化、工業化の増大、国民所得の増大に伴って、増産化されてきた米も輸出余力を持たなくなってきた。

むしろ凶作の年には外米を輸入する必要が生まれてきた。そこで、食料の自給自足の達成ということが日本の農政の目標になった。農業金融機関や農業団体の設立、耕地整理法や肥料取締法の制定、重要農産物同業組合の設立など将来の農政を支配する重要な施策が整えられたが、これらは食料の自給力の増進を目当てとしたものであった。

 米の需要は年々強まっていったが、供給力はこれに伴わず、日本の米穀市場は「売り手市場」の性格を持つようになった。この場合、売り手として大きな役割を占めていたのは地主であった。農業界の声として出されてくるのは地主の声のみで、その発言は全農民に代わるものであった。

 地主階層の意識として、食料自給力を強めること、すなわち産業資本的な農業開発を行うことは「労多くして効少なきこと」であった。米穀市場を有利な売り手市場に保っていきこと、すなわち米の供給を「不足がち」に保っていくことが「労少なくして報いられること多き」方法であった。供給を制約して希少性利潤にあずかることであった。

 そのような時代背景の下で柳田国男は登場してきた。柳田国男(旧姓:松岡国男)(1875~1962年)は1900年(明治33年)に東京帝国大学法科大学政治学科を卒業し、農商務省農務局に就職した。そこでの数年間によって、柳田国男が農政問題に関心を持ち、農政論「時代ト農政」(明治42年)を公表する動機となった。

 彼の批判は、まず農業の代表者というべき地主階層に向けられた。小作料の物納制度は、地主と小作人とによる収穫の危険の共同負担の制度であって、この共同負担は平等の経済主体のものではなく、地主と被官(家抱(けほう)、抱百姓(かかえびゃくしょう)、門家(もんや)、庭子(にわこ))という主従関係を維持しているものの負担制度である。そのような封建制的性質は米の物納制によって固定化され存続してきた。「年々の農事は地主が保護もする代わりにずいぶん干渉したもので、小作人の地位はあまり自由でなかった」のであった。

 第二は物納制の作用に関するものである。小作料について、量は定められていても、その上中米の標準が決まってなかった。「小作人は升目さえ約束通りならできるだけ粗悪な米をだそう」とした。そこに「米質改良の意欲は湧いてこない」のであり、また「米納制度は小作人に作物栽培の自由選択を許さない」のであった。

 今日では、この柳田国男の批判は一般的で皆の共有の認識となっているが、これは20世紀初頭の発言であり、生産増強的意識よりも米の供給制限的意識を強くしている寄生的地主に対して、米納制度の批判を通じて加えられた強力な痛棒であった。この意味で柳田国男はまさしく農地改革の先駆者であった。

 「柳田国男の『時代ト農政』はあまりにも次代を先んじてかえって反響が少なかった。これを理解しうる時代になった時には、すでに古典となって直接に次代を導きえなかった。まことに運命の書となった。」

(東畑精一稿「この本」、朝日新聞、昭和35年6月5日)


農業塾(第11期)視察研修


 2月11日(土)は、穏やかな好天に恵まれ、農業塾(第11期)の視察研修を行いました。

 今回の研修先は、奈良県宇陀市にあるナント種苗(株)宇陀育種研究農場でした。松阪農業公園(ベルファーム)を定刻通り8時半に出発し、目的地に11時に到着することができました。育種研究農場の松尾様から育種の難しさや品種固定まで多くの年月がかかることなど、農場を回りながら説明を受けました。特にナント種苗(株)の品種のネーミングに独特のユニークさがあり、種子を購入しようとする気持ちを高められたような気持ちにさせられました。

 その後、宇陀市の指定文化財となっている施設「薬の館」を訪れました。薬問屋の細川家の古民家で、藤沢薬品工業(株)(現アステラス製薬)の創業者の生家でした。創業者から3代の偉業を展示するとともに、昔懐かしいたくさんの薬の看板も展示され、古民家の価値を高めていました。

 また、宇陀市唯一の国の天然記念物である「八房の杉」(桜実神社)も見学することができました。

巨木で主幹が8つある見事な杉でした。

 当初予定した研修日程通りの視察研修なり、満足のいく研修でした。今回の研修のように、今後とも充実した農業塾になるよう皆で頑張っていくよう努力したいです。


「楷(かいじゅ)の会」会報第14号
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